Delicate bride with handsome groom

30代、40代の人生を楽しむために!迷えるあなたに送る婚活アドバイス(その5)

<91歳のおばあちゃんから学ぶ、婚活への心構え-Part1>

 

「どうしてこんなに結婚するのが難しいんだろう?昔の人はいいよね、お見合いとか縁談とか、勝手に周りが決めてくれて……楽でうらやましいな」

婚活中のみなさん、そんなふうに思うことってありませんか?「結婚難民」という言葉が指すように、現代に生きる私たちアラサー、アラフォー女性は、母親世代(50歳〜70歳代)に較べると、生涯未婚率が上がっています。

 

しかし過去には、私たちよりももっと苛酷な婚活状況に晒されていた女性たちがいました。それは、今からおよそ60年前。太平洋戦争が終わってすぐの1945年〜1950年に、結婚適齢期を迎えていた女性たち。わたしたちの祖母世代です。

 

私のおばあちゃんは来年92歳になります。まだまだ元気で、ステーキと氷川きよしが大好き。毎月1回は「女子会」と称して、女友達(全員65歳以上)を自宅に招き、ケーキやお惣菜を買ってきてはおしゃべりを楽しんでいます。

 

おばあちゃんは28歳の時に、当時30歳だったおじいちゃんと結婚し、その後おじいちゃんが80歳で亡くなるまで、50年間連れ添いました。

今回は、戦争をくぐり抜け、終戦後にお見合いを通して結婚した、私のおばあちゃんの話をしたいと思います。

 

おばあちゃんの生きた時代

おばあちゃんは大正12年(1923年)生まれ。おばあちゃんの時代は、今と違ってお見合い結婚が主流でした。もちろん恋愛結婚もありましたが、男女が出会う機会は現代よりもっと少なかったと言います。

 

加えて、おばあちゃんが適齢期を迎えた1940年代は、同年代の男性が激減していました。太平洋戦争で戦死した兵隊の数はおよそ230万人。もちろん中には既婚者も含まれていますが、単純計算にしてそれだけの数の女性が、パートナーあるいはパートナー候補を失ってしまったのです。

 

しかも、現代と違って女性が社会に出て働くことはまだそれほど一般的ではなく、女性にとって結婚は、就職のようなものでした。結婚できないということは、何のために生きているかわからない、というくらい深刻な問題だったのです。

 

おばあちゃんの娘時代

おばあちゃんが娘盛りの頃、日本は太平洋戦争の真っただ中。若く健康な男性はみな兵隊にとられてしまっており、当時は恋愛どころではありませんでした。田舎に疎開していたおばあちゃんは、日々畑仕事をして18歳から22歳までを過ごしました。

 

やがて戦争が終わり、大阪に戻ったおばあちゃんは、親戚のやっていたとある商店に身を寄せ、家業に忙しかった親戚に代わって、家事手伝いや子守りをするようになりました。

 

おじいちゃんはその会社に出入りしていた工員さんだったそうです。出征から帰って来て、身寄りもなくまさに裸一貫からのスタート。日々食べて行くのがやっとの生活でした。

 

しかし、まじめなおじいちゃんの仕事ぶりを気に入っていた商店主は、おばあちゃんにおじいちゃんとの縁談を持ちかけました。というのは表向きで、実際はおばあちゃんを早く厄介払いしたかったのが本音だったかもしれません。

 

当時おばあちゃんは28歳。20歳前後で嫁入りすることがふつうだった当時の価値観からは、かなりの「行き遅れ」でした。

最初、おばあちゃんはあまり気が進まなかったそうですが、「せっかくお世話してくれているんだし、もうこれを逃したら縁談なんて来ないかもしれない」と思い、お見合いをすることに決めたそうです。

 

ちなみにおじいちゃんの方は、もともとあまり結婚願望はなく、取引先からの縁談を断りきれなくて、しぶしぶ出かけたのだそう。なので、「どうにかして相手から断ってもらおう」と考えたあげく、わざと流行遅れのスーツにヘンテコな形の鳥打ち帽をかぶって、いわゆる「イケてない」格好をしてお見合いに出かけたのだそうです。

 

出会いから結婚へ

さて、二人のお見合いは当時としてはカジュアルな形のものでした。写真も釣書もなく、口伝えのみでの情報。仲人は同席せず、ともかく指定された喫茶店で、二人でお茶をするという運びになったそうです。

 

不安を抱えながらも言われた通りおばあちゃんが喫茶店に行くと、そこに帽子を目深にかぶって新聞を読んでいるおじいちゃんがいました。おばあちゃんは一瞬「うわっ、変な帽子をかぶった変な人だな」と思ったそうですが、「うわべで判断してはいけない」と考え直し、おじいちゃんの人柄を知ろうと努めて話をしました。

 

おじいちゃんは、そんなおばあちゃんに興味を持ったのか、公園へおばあちゃんを連れ出してボートに乗せました。おばあちゃんはそれまでボートに乗った事もなく、正直かなり怖かったそうですが、おじいちゃんを信じて思い切って乗ったそうです。

 

怖がりながらも、自分に合わせてくれるおばあちゃんの態度を好ましく思ったおじいちゃんは、そのままダンスホールへおばあちゃんを連れてゆきました。ダンスホールも、ダンスも初めてだったおばあちゃんは、ものすごく緊張したそうですが、おじいちゃんにリードしてもらって、一生懸命ついて行こうと頑張ったそうです。おじいちゃんはおばあちゃんのそんな健気さが嬉しかったようで、「なかなかダンスがうまい」と褒めてくれた、とおばあちゃんはこの話を何度も何度も嬉しそうに私に語って聞かせました。

 

二人はその後も何度かデートを重ね、ほどなくして結婚しました。男の子ふたりをもうけ、そのまま50年間、おじいちゃんが80歳で亡くなるまで連れ添いました。

 

ちなみに、50年の間には数えきれないほどケンカし、離婚の危機に陥ったことも1度2度あったそうですが、おばあちゃんは今もおじいちゃんのことは大好きだそうです。おじいちゃんが亡くなってから13年、おばあちゃんは今も毎日、欠かさずお仏壇に陰膳を備え続けています。

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